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★2016/07/25(月) ★〈Scroll comment〉ああ、ホコリが映ってしまっている(‖ ̄■ ̄‖)。手のひらにおさまるほどの小さなデジカメだが、結構、残酷なヤツ(‖ ̄■ ̄‖)。ダイニングキッチンのカウンターで撮影。最近、手鍋焙煎のブラジルと、MAXIM〈ちょっと贅沢な珈琲店〉を混ぜて飲んでいる。 ☆このHPに登場する【続・すこ中学校】、【続・すこやかみなみネット】を含む校区・団体・人物等はすべて架空のものです。
続・すこ通信
07.25
DAKA郵便書簡
★2016/07/25(月)00:01



【続・すこやかみなみネット通信】
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★日本の教育危機の元凶は、【なんでも学校!】体制、【なんでも学校!】意識にある。

 家庭もそう思い、地域もそう思い、行政もそう思い、マスコミもそう思い、なんと教師自身までもがそう思い込む体制。
 僕はこれを【学校の教育丸抱え体制】、あるいは【学校の教育独占体制】と呼んでいる。

 学校が抱え込むから(←「部活動」がその典型例)、当然、家庭の教育力は低下する。
 地域の教育力も低下する。
 そして、抱え込みすぎた学校自体も身動きが取れず、パンクし、極端に教育力を低下させる。
 学校の教育、家庭の教育、地域の教育のバランスが大きく崩れ、三者の教育力が著しく低下し、教育危機に至る。
 最悪のスパイラル。
 何十年たっても、日本の教育は、ここからなかなか抜け出せないのだ。

 ま、夏休みは、これを改める絶好の――とはいえないまでも、ちょっとした(^_-)-☆――チャンスである。

 そこで、本【続・すこやかみなみネット通信】でも、夏休みいっぱい、特集「最悪のスパイラル脱出作戦」を組むことにした。

     

★本・通信名でもある僕らの【続・すこやかみなみネット】がめざす「究極のカタチ」――
 これを、まず、学校支援地域本部事業やコミュニティスクール・地域運営学校、あるいは、放課後子ども教室推進事業等との「違い」を鮮明にすることによって明らかにしたい。

 学校支援地域本部事業等、今、僕が例示した事業に共通するのは、学校を地域や家庭で支援する(=学校は苦しそうだから、支援してやろう、応援してやろう)という発想である。
 たとえば「子どもの環境は、情報化、価値の多様化も含めてどんどん変化しており、学校はこれまで以上にさまざまな課題を抱えるようになっています。学校の負担を軽減するために、地域の力を借りて学校を支援していくことが求められています」(文部科学省生涯学習政策局)という言い回しだ。

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★だが、はっきりいっておくが、僕らは「学校の負担を軽減するために、地域の力を借りて学校を支援」してもらおうと考えたことは(あるいは、願ったことは)、これまで一度もない。

 「最悪のスパイラル脱出作戦」には、粗く、【2つの発想】がある。

 【1】ひとつは【支援タイプ】=「学校が多くの荷を抱え、苦しそうだから、家庭や地域で支援してやろう、応援してやろう」という発想。

 【2】もうひとつは【分担タイプ】=「学校が多くの荷を抱え、苦しそうだから、家庭が引き受けるべきは家庭に、地域が引き受けるべきは地域に、適切に分担しよう」という発想。

 2つは似て非なる発想である。

 「支援」も「分担」も連携だから、一見、似ている。
 しかし、【支援タイプ】は学校が荷を抱えたままであるのに対して、【分担タイプ】はこれを改めようとする。

★この違いを区別することが大切である。
 学校が抱えている荷をそのままにして、「たいへんでしょう。だから、支援してさしあげましょう」という、いわば「そのまま、ずっと100年、抱え込んでいろ」的な発想では、事態の好転は、ほとんど期待できない。

 今の文科省の改善案も、少し前になったが、部活動改善に関する大阪市の民間委託構想も、すべて【支援タイプ】(100年、抱え込んでいろ)にとどまっている。
 くどいようだが、くりかえす――これでは何も変わらない。(つづく)

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★画像=早朝の根城城址公園にて。


続・すこ通信
07.22
DAKA郵便書簡
★2016/07/22(金)06:25
 第88回全国高校野球選手権青森大会、最終日(7/21)決勝戦、八戸学院光星vs.大湊戦。
 僕のカラダの90パーセントは八戸光星の応援だったが、こちらに来るきっかけのひとつが下北半島(マサカリ)へのあこがれだったので、「下北から甲子園」にはジ〜ンと来るところもあった。
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★細くて長い柄の部分を、強風のたびに徐行あるいは停車する、JR大湊線(はまなすベイライン大湊線)にコトコト揺られて、やっと着いたところが金太郎のマサカリ!
 ホンマ、しびれる!
★だから、10パーセント、いや、30パーセントくらいかな? 魂の遠い、奥のほうで、大湊も応援していた。
 大ピンチに登場した大湊の2番手ピッチャー(エースナンバー)には「カーブを投げろぉぉ〜!」「なんでストレート、投げるんだぁぁ〜!」
 絶叫していた。



【続・すこやかみなみネット通信】
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★昨日は江藤淳の命日だった。
 1932年(昭和7年)12月25日―1999年(平成11年)7月21日自刃)。
 いつも命日には僕流の「儀式」(註1)をやって弔うのだが、今年は何もしなかった。
 恩人Y氏をはじめ、江藤と同年代の人々の死に身近に接したことが微妙に影響しているのかもしれない。
 ま、これは自分でもよくわかっていない。

 何もしないと決めて、DAKA古書店跡の障子を見つめていたら、自刃の数日後、十和田湖一周50qウォークに参加したことを思い出した。
 イヤがる乱右衛門Тをムリムリ誘った。

 自刃の夜、鎌倉近辺を襲った激しい夕立、暗渠に流れ込む雨水の轟音、自刃の場になった風呂場等々……これらのイメージを歩いて歩いて歩きぬいて振りはらおうとしたのだ。

 途中から空模様が怪しくなった。
 最後の15qは激しい雨に見舞われた。
 雨中激闘。
 まさしく涙の弔いウォークになった。

 ゴールの後、道の駅「奥入瀬ロマンパーク」で一息つき、雨に濡れた身体をかわかした。
 僕はピルスナーを注文し、乱右衛門Тはメロンソーダを飲みパスタを食べた。

★思いだしているうちに、ツーンとくるものがあった。
 何がこみあげてくるのか?
 江藤淳との別れが悲しいのか?
 いや、その数ヵ月後の乱右衛門Тとの別れが悲しいのか?

 指を折って数えると――両手では足りない、さらに片手を加える、でも足りない――あれから17年。
 年月というのはありがたいものである。
 「ツーン」の根源が悲哀の感情であったとしてもかなり薄まっている。

 江藤淳は死んだが、僕は生きている。
 乱右衛門Тも、きっと、どこかで生きているはずだ……。
 世の中がまちがっているとか、政治や経済がどうしたということは、あまり考えていない。
 世の中はまちがっているかもしれないし、政治や経済もむずかしいにちがいない。
 でも、まあ、今、それはいい。
 それを言い出せばキリがないから、いったん、脇に置いておくことにしよう。

 とうに死んでいたはずの僕が、パートナーと犬一匹と(……といいかけ、その犬も数年前に既に死んでいることを思い出す)……猫の額のような住居ながら、自分の酒を飲み、種子のせりだしたヒマワリのように、最後の光輝に向かって、ブツブツと生きている。

☆註1=僕流の「儀式」その例として。
 例・2008=夢に出てきた江藤淳を文字化する(註2)
 2009=早朝『西御門雑記』を読む。
 2010=江藤淳の肉声を自分のうちに内包しながら男桐下駄、カランコロン、鬼火、狐火、鞍馬天狗歩き、10000歩。
 2013=終日、Peteris VasksのEpisodi e Canto perpetuo(「エピソードと終わりなき歌」)を聴き、自刃の時刻(推定)にボリュームをアップし、鎌倉・西御門で江藤が聴いたはずの豪雨の轟きにスピーカーの旋律をぶつける等々。

☆註2=夢に出てきた江藤
 寿し由に入り、主人の「いらっしゃい」のかけ声に誘われて目をやると、師の横顔がカウンターにあった。
 師のほうも僕に気づいて、
 「やあ、小高さん!」
 と、メガネが弾けるほど笑っていらっしゃる。
 「センセ、お久しぶりですね」
 緊張して立ったままの僕の肩を師は、
 「まあ、座んなはれ、座んなはれ」
 と抱えるようにして隣の席を勧めてくれた。
 「センセ、相変わらず大阪弁のマネがお上手ですね」
 「いやァ、それを言わんといてんか。わたしのはホンマ、ワンパターンやからね」
 師は、いわゆる「けったいな大阪弁」をよく使った。(後略)

★画像=DAKA古書店跡のデッキで日光浴中、パチリ。正面の樹木は李。年に数個しか実がならない。パートナーは毎年、冷凍保存している。受精卵の冷凍保存を連想する。鬱陶しいから切ろうと、パートナーに提案したら反対された。


続・すこ通信
07.19
DAKA郵便書簡
★2016/07/19(火)08:30
school_support_image  ТVの電源を入れると、NHK「おはよう日本」で学校部活動改善を取り上げていた。
 「学校部活動(「改善」ではなく)改革」は僕の本論の一部だ。
 きょうは「本論」はやらないつもりだが、ひとことだけ。
 「部活動改革」あるいは「改善」には、粗く、【2つの発想】がある。
 【1】ひとつは【支援タイプ】=「学校が多くの荷を抱え、苦しそうだから、家庭や地域で支援してやろう、応援してやろう」という発想。
 【2】もうひとつは【分担タイプ】=「学校が多くの荷を抱え、苦しそうだから、家庭が引き受けるべきは家庭に、地域が引き受けるべきは地域に、適切に分担しよう」という発想。

 2つは似て非なる発想である。

 「支援」も「分担」も連携だから、一見、似ている。
 しかし、【支援タイプ】は学校が荷を抱えたままであるのに対して、【分担タイプ】はこれを改めようとする。
 今の文科省の改善案も、本日、NHKが取り上げた内容も、少し前になったが、大阪市の民間委託構想も、すべて【支援タイプ】にとどまっている。
 はっきりいうが、これでは何も変わらない。(つづきは、後日、碁会所・秀策の高齢男性猛追達成後、「本論」で展開するつもりである。)


★2016/07/19(火)06:30
_SX353_BO1,204,203,200_  本日も終日、西武新宿駅の真向かい、西武ビル6Fにある碁会所・秀策で朝から晩まで囲碁を打ちつづける高齢の男性を「猛追」することに決めた。
 向山洋一『斎藤喜博を追って』(その復刻版+50枚=『〈プロ教師への道〉教師修業十年』)ならぬ『碁会所・秀策の高齢男性を猛追して』である(*^^)v。

 今、ほうったらかしにしている「本論」のことは、もちろん、すごく気になる。
 でも、高齢男性の「猛追」が先だ。
 高齢男性に追いつけば僕は変われる。



【続・すこやかみなみネット通信】

★。


続・すこ通信
07.18
DAKA郵便書簡
★2016/07/18(水)15:03
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 やっと【本論】に入れると思ったら、突然、元気がなくなってきた。
 エネルギー補給。
 ドヴォルザーク〈交響曲第9番ホ短調作品95―新世界より〉第4楽章を聴き、マンデリンを飲み、チョコレートを齧ってるぜ(*^^)v。


★2016/07/18(水)13:10
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 こういうことが起こるのかなぁ〜。
 昼食(ハムエッグ、おにぎり1個、イカの塩辛、牛乳)後、DAKA古書店跡のデッキに、クッションを取り払った1人用リビングソファーを出し、日光浴。
 そのまま20分ほど爆睡し、目を覚ましたら、こういう結果に。
 僕も何十年か前、4点取って、5点取られ、そのまま負けたことがあるから、ま、起こるんだろうなぁ〜。
 爆睡も手伝って、なんだか頭がクラクラするよ。


★2016/07/18(水)10:56
s-1280DSC05141  画像の椅子はパートナーからのお下がり。
 しばらくこの椅子を使ってパソコンに向かってみるつもりだ。

 普段は僕はダイニングチェアー(カリモク家具)にしか座らない。
 少し気分を変えたい。
 半日ほど座ってみたが、戦闘的な気分になれるぜ(*^^)v。

 前記事(註1)に登場する、西武新宿駅の真向かい、西武ビル6F・秀策で朝から晩まで(いや、深夜から早朝まで、あるいは深夜から深夜まで)囲碁を打ちつづける高齢の男性を「猛追」するには、ダイニングチェアー(カリモク家具)ではムリだ。
 この椅子にやや前かがみに座り、記憶に迫り、夏の太陽を襲い、炎の孤独に鎮座し、高齢の男性を「猛追」しつづけ、ひきょうかもしれないが、彼がラーメンを食べて、碁石をヨタヨタやっているスキに追い越すのだ。

 なお、画像は、ブラインドの隙間から差し込む光が椅子、床、壁に反射し、呼吸しているように感じたのでパチリ。
 【呼吸音】が撮れたかな?(‖ ̄■ ̄‖)
 クリックすると画像が拡大します。


★2016/07/18(水)06:38
s-1280DSC05182  数日前、パートナーがつけっぱなしにしたまま放置したТVの前を通りかかりったとき、特に目当ての番組はなかったのだが、いつものクセでリモコンをもち、チャンネルをポチポチポチポチ、ポチポチポチポチ、ザッピングしていると、東京の碁会所の光景が映し出された。

 カメラは、朝から晩まで囲碁を打つひとりの高齢の男性を追っていた。

 もちろん、テーマはまったくわからない。

 碁会所の支配人から(カラダを気遣う愛情のこもった)【退場宣告】を受けても、ねばって打ちつづけている。
 ふいに立ち上がったので「ついに退場なのかな?と」思ったら、そうではなく、食事をするようだ。
 碁会所が提供しているメニューからラーメンを選び、それを食べながら再び囲碁を打ちつづけた。

★ТVの前にリモコンをにぎって立ち尽くしたままの僕は「これだ」と思った((●~*━‥・・・カキーン!☆。
 「これ●~*━‥・・・カキーン!☆。」の詳細は、ま、僕の魂の内側の内側の話やから、ま、内緒やね(^_-)-☆アハハハハハ。

 今、この記事を(キーボードで)打ちながら、インターネットで調べたら(検索語=「東京」「囲碁」「24時間」)、場所が新宿の「秀策」だということがわかった。
 「秀策」HPに、NHKドキュメンタリー―ドキュメント72時間「囲碁の魔力に囚(とら)われて」で放映されると紹介しているから、ここに間違いない。

 便利な時代である。
 碁会所が提供する食事のメニューまでわかる。

 〈お食事メニュー〉
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 サンマ定食、おしるこ、ラーメン。
 他に、ウイスキー、ビール、おつまみ等々……。
 〈営業時間・席料〉
◇午前11時〜深夜12時 1,200円
 ※学生・女性 800円(通しは1,000円)
 ※深夜12時以降お打ちの方は追加料金500円
◇深夜12時〜翌朝11時 1,500円
 ※尚、通しで朝までお打ちの場合、入店時間を問わず1,500円
 注:日曜日は夜10時閉店、月曜日のみ朝11時開店となります。(「秀策」HPから抜粋、以上)

★本日、快晴。
 夏の青空。
 国旗を掲揚。
 ただし、残念ながら、今回は国旗玉がないm(__)m。
 前回、風に吹き飛ばされ、玄関タイルに激突した際、真っ二つに割れたのだ。
 少しみっともないが、諒とせられよ。

 気温=19.8℃、北北西の風、風速=1.4m/s。
 本日の最高気温=予報では26℃
 さすが避暑地である(*^^)v。

 一日中、DAKA古書店跡片隅(=画像)で暮らす予定。
 「秀策」でラーメンを食べながらねばりつづける高齢の男性を猛追。



【続・すこやかみなみネット通信】

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続・すこ通信
07.15
DAKA郵便書簡
★2016/07/15(金)04:36s-1280DSC05151
 引き明け、DAKA古書店跡で登山用のガスストーブでコーヒーを沸かしているとき、これからの僕の歩む方向と、その歩み方の具体的なイメージが見える。(けさ、発見!)
 他の時間、他の場所ではこのイメージは顕れない。
 2時間ほどして、パートナーが起きだしたりすると、きっと消滅することだろう(‖ ̄■ ̄‖)。


★2016/07/15(金)04:56
image12 江藤淳の命日が近づいている。
 1999年(平成11年)7月21日自刃。
 僕には毎年、命日が近づくと、氏の作品を読む習慣がある。
 今年は、いってみれば、氏が「ナイヤガラの瀑布が落下する一歩手前」の頃に記述したもの、発表したものを、引き明けに2、30分ずつ読んでいる。

 『妻と私』(1999)
 『いま0から出直すとき』(1998) 


【続・すこやかみなみネット通信】

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続・すこ通信
07.12
DAKA郵便書簡

★2016/07/12(火)11:02
 参院選投開票の夜、午前零時過ぎまでТVで結果をチェックし、「東北&新潟が痛かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜」と思って眠ったら、「ぁぁぁぁぁ〜」の反響のせいで午前3時過ぎに目が覚めた(‖ ̄■ ̄‖)。
 そこからDAKA古書店跡でコーヒーを沸かし、チョコレートを食し、締め切りの迫った原稿(400字詰めに換算して8枚)を書き上げ、午後はジョギィング(80分間)。
 カラダがもうボロボロ。
 とにかく眠い。
 コクリコクリ、何度も椅子から転げ落ちそうになった。
 夕食後、岸→野田→大石→増田のリレー(楽天1―3西■)を確認後、爆睡。
 けさ、目が覚めたら青森と新潟の痛みはだいぶやわらいでいた(*^^)v。

【続・すこやかみなみネット通信】
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★本・ホームページは2000年(平成12年)開設以来、粗くいえば、ずっと学校の教育課程(教科課程&教科外活動)の内側にあった。
 教育課程の枠組みが消滅すると、当然、ホームページは成り立たなくなる。
 そこで、数年来、「ポスト―教育課程」をさぐりつづけていたのだが、それはもうやめることにした。
 念のためにいうが――
 ホームページをやめるのではない。
 「ポスト―教育課程」の模索をやめるのである。
 先日、日曜日の夕刻、ТVアニメ『サザエさん』を見ていて、ふいに思い立った。
 今後、50年、教育課程の内側に存在しつづけることにした(=時間の流れが50年間、ループする時空間)。
 
 人生のコペルニクス的転回!(*^^)v

 100年と言い切れないところが、僕の弱さなのだが、ま、これは諒とせられよ、アハハハハm(。≧Д≦。)m

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★毎度、毎度、くりかえし述べることだが、7月〈1学期末試験終了〜終業式〜3者面談〉は教育課程前半の「剣が峰」(=物事の成否の決まる瀬戸際)だ。

 僕のような未熟者でも、同僚と力を合わせ、なんとかここまで、ま、比較的よいカタチでくることができた……と喜びたい気持ちがないわけではない。(経営の重点=マニフェスト達成状況は、紙版【続・すこやかみなみネット通信】別表の通り。ただし、WEB版では省略)。
 しかし、経験的にいえば、この7月というのがなかなかたいへんなのだ。
 剣が峰に立たされた気持ちで臨まなければならない期間だ。
 プロ教師とアマ教師の差、力のある学校と力のない学校の差が、はっきりと出る期間だ。

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★これまでの成果の陰に隠れていた課題(問題点)が噴出してくる。
 わかりやすい例をあげると――

(1)市中体に出たいために、いろいろ我慢してきた。その「我慢」が、ドド〜ッと溶解する時期だ。

(2)1次試験(中間)も2次試験(期末)も終わった、さあ、夏休みだと、一気に気持ちがゆるむ時期だ。

(3)上記の(1)(2)と密接不離、がんばっていれば、あるいは、我慢していればよくなるかもしれないと希望・願い・夢をもち、(昨年度の)3学期→(今年度)1学期と、耐えてきた子どもが、ああ、なにも変わらないや、やっぱりダメなんだ……と、あきらめてしまう時期だ。

 したがって、ここを見逃すと、このツケが、あとから10倍、20倍になって返ってくる。
 取り返しがつかない、危機(に近い)状態に至ることもある。

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★ポイントを粗く3点

(1)区切りをつけ、気持ちを新たにし、次の目標に向かうベクトルを、ひとりひとりの子どものうちに形成する。(この観点で、朝の会・帰りの会・三者面談・二者面談・通信表のコメント・授業に立ち向かう=見直す、設計する。ベクトルの有無は教室の子どもたちを一目見ると、だれでもわかる。)
 

(2)苦しい状況にある子どもには――
 ア)「ここまで来ることができた、ここでいいんだよ(ビバーク地点として)」ときちんと評価してやる。
 イ)(くわえて)今後の方策を、われわれが具体的に検討→実行する。(子どもではない。われわれが検討→実行)
 ここでの「実行」か「不作為」かの差が、休業中に、あるいは2学期に大きな差になって出る。

(3)(現実問題として)ゲーム終了間際の失点ほど痛いものはない。
 徹底して予測・予知・予防に努める。
 【あたたかさ】と【厳しさ】のバランスに気を配らなければならない時期だ。
 ア)徘徊・外泊・盗み
 イ)水難・花火・交通事故
 ウ)校内暴力(刃物・劇薬)
 エ)新グループの形成&新スタイルの登場(既にその兆候がある。校舎巡回時の「視点」に!)

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★画像=熱闘! 合唱祭に向けて。


続・すこ通信
07.11
【続・すこやかみなみネット通信】
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★職業柄、テレビのアナウンサー、キャスター、お天気キャスター等に対して、ついつい「ああ、この人の語りなら、じゅうぶん中学の教師がやっていける!(★ ̄∀ ̄★)」「う〜ん、この人だと、3分で学級崩壊かなぁ〜(‖ ̄■ ̄‖)」などと、プロ教師修業の観点で評価してしまう。

 先日、ザッピング(=TVチャンネル渡り歩き)中、「日テレ・news every」でスゴイ人を発見した。
 鈴江奈々アナウンサー。
 リモコンを握りしめた僕は、彼女の目線とことばの力にノックアウトされた。
 表情が芸術!
 語りながら表情が目線に収斂されていく。
 ことばに収斂されていく。
 超・高段の技である。
 乱衛門Т・桐谷Тはじめ、授業がうまい教員がいっぱいいる本校(=続・すこ中)の教員を次々に思い浮かべてみたが、対抗できそうなのは2人くらいだった。
 僕にはとてもマネができない。

 ぜひとも、日本一の公立中学校をめざす本校にスカウトしたいところだが、公立中にはそういうスカウト制度がない。
 お金もない。
 来てもらうとすれば、続・すこやかみなみネットのサポータークラブ
(註1)の会員になり、ボランティアとして活動してもらうしかない。
 だから、ま、やっぱりムリかなぁ〜(‖ ̄■ ̄‖)。

 話のついでに……といってはなんだが、同じようにスカウトしたい人がもう1人いる。
 NHK青森放送局の松岡孝行アナウンサーだ。
 この人の場合も、目線の力、ことばの力がすばらしい。
 くわえて、自分の思いを100%「伝導(→熱伝導→電気伝導)」する技術がある。
 聞いている人間をワクワクさせる。
 この人なら、サポータークラブ会員もОKかもしれない。
 なお、僕は、毎度、〈憧れ・諦め・幻滅・自棄・絶望、ドドドドドン!BLOG〉でも紹介しているように、井手麻実アナウンサーの熱烈なファンだが、この人の目線の力、ことばの力等は、ま、イマイチかな?m(__)m。

☆註1サポータークラブ

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★「サポータークラブ」は、学校・家庭・地域が連携して運営する教育コミュニティづくり(=【続・すこやかみなみネット活動】)の一環として展開されている事業。

(1)「サポータークラブ」は、保護者、地域の人々、教職員等を対象に――
 「やってみたい人が」
 「やれるときに」
 「やれることを」――をモットーに、登録者を募っている。

(2)「サポータークラブ」の登録者を、一気に多く集めるというのではなく、少しずつメンバー(登録者)に集まってもらいながら、チームをつくり、そのなかで新しい活動を打ちだしていく計画だ。

(3)現在、活動しているサポータークラブのいくつか紹介すると
――

 【@ホームページサポーター】=PTAや続・すこネットのホームページ、およびプレゼンテーション用スライドの作成、BLOG記事のアップ等。
 このサポータークラブの特徴は、活動の場が主に各家庭であるということだ。
 仕事などの関係で、学校に出向くことはできないが、自分の都合にあわせて活動できるのならば……という人に向いている。
 現在のメンバーは8人(PTA=6人、地域=2人)

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 【A環境サポーター】=花壇の整備・校内掲示板等の装飾(以前地元新聞に紹介された玄関ロビーの桜&えんぶり等)。
 これまでの活動形態は、サポータークラブ会員の活動、サポータークラブと総合文化部員・教職員との連携・融合形態が主だったが、今後は、もっと広く保護者や地域の人々にも声をかけていく計画だ。
 玄関のドアを開け、靴を履き替え、廊下に立つと、環境サポーターが創出した世界が目の前にひろがっている。
 「ああ、ここに来てよかった」
 そうつぶやいている僕を、もうひとりの僕が眺めていると考えると、不思議な興奮を覚える。
 環境は短い時間で人を変える。
 半ば枯渇しかかった僕のような人間でもそうなのだから、子どもたちはなおさらだ。
 経営の重点bT(=朝、起きたとき、どの生徒も「行きたい!」と思う学校をめざし、豊かな教育環境の創出に努める)と密接不離の関係にある。

 【B地域連携サポーター】=地域の活動や行事と、PTA会員や学校の生徒・教職員とのコーディネート、くわえて、すこやかみなみネット事業の支援等。
 以前に紹介した【パパママ体験学習】はこのサポータークラブのコーディネートにより実現した。

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 【C学校部活動・総合文化部への支援】=生徒の希望によって、本校顧問の管理のもとに、教育コミュニティづくり=続・すこやかみなみネットの「サポータークラブ」や地域社会教育活動グループの方々に協力してもらい、メニューを徐々に増やしている。
 〈活動例〉
・日本舞踊=サポータークラブ+地区公民館講座との融合活動
・文芸=本校国語科教員+地区公民館講座との融合活動
・和楽器演奏=サポータークラブ+地区公民館講座との融合活動
・絵手紙=サポータークラブ
・アクセサリーづくり=サポータークラブ+地区公民館講座との融合活動
・地域の郷土史=サポータークラブ+地区公民館講座との融合活動
・花壇づくり=サポータークラブ+地区公民館講座との融合活動
・学校装飾(主に玄関ロビー)=サポータークラブ
・将棋=地区公民館講座との融合活動
・パソコン=本校教員(含報道活動・ブログ活動)
・理科=本校理科教員
・美術=本校美術科教員

 【D図書室サポーター】=昼休みの図書の貸し出しの補助活動・放課後の図書の貸し出し活動・図書の整理(パソコン)・図書室の環境整備・読み聞かせ・地域の人々への図書の貸し出し活動等

(4)【B地域連携サポーター】クラブと続・すこネットの関係
 今、続・すこネットの課題は、コーディネート力のアップだ。
 地域では、青少年の健全育成・安全確保のために、地区安協、防犯など、さまざまな団体が活躍している。
 しかし――考えてみれば、当然のことなのだが――諸団体はもともとは他との違いをエネルギーにしている。
 したがって、本質的には連携・融合を前提にしていない。
 学校もそうだ。
 だから、続・すこネットには、専門分野に特化した地域諸団体(含・学校)とは別に、連携・融合・協働づくり(学校・家庭・地域との連携・融合・協働を創りだし、安定させ、継続させること)を目的としたコーディネート活動が期待されている。
 現時点では、これを小中PTA合同の事業推進委員会や総務委員会、そして地域連携サポーターが担っている。
 地域連携サポーターには事業推進委員会のメンバーも加わっている。
 今後、地域連携サポータークラブの活動が充実すると、さらにコーディネート力がアップすると期待している。

★この記事を書き始めたとき、心づもりでは「鈴江奈々アナウンサー」のことを1Tweet(=140字)程度、触れ、即、本論(=ここから1学期終業式までが「剣が峰」)に入るつもりだったが、まったく別なものになってしまったm(__)m。
 今の僕には、こういう「行先はキィーボードと指先に聞いてくれ……」というくらいの感じがいいのかもしれない。


続・すこ通信
07.08
DAKA書簡 j
★2016/07/08(金)10:51
 2、3日かけて書架の書物をぜんぶ入れ替えた。
 近時、2度目の兵装転換



【続・すこやかみなみネット通信】
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★「三者面談」はむずかしい。

 「二者面談」――子どもと教師、あるいは親と教師――とは比較にならない。

 親の前の「子ども」と、教師の前の「子ども」が違うからだ。
 親も同じで、子どもの前の「親」と、教師の前の「親」が違うからだ。
 ま、これは教師についてもまったく同じことがいえる。

 つまり、三者面談というのは6人の人物がテーブルについていることになる。
 一度、歯車が狂うと、なかなか取り戻せない。

「三者面談」に関する、僕の、教師としてではなく、親としての体験を粗く、少しだけ述べる。
 当日、学校の玄関で息子(以下、愚息、いや、豚児)と待ち合わせ。
 2人で廊下を歩いていると(学校だから当然だが)次々に豚児の友人たちとすれ違う。
 「ヤッ」とか「オッ」とかやっている。
 その豚児が僕の知らない豚児である。
 廊下の突きあたりの面談室に入る。
 学級担任教師とあいさつ。
 豚児もあいさつ。
 その豚児も僕の知らない豚児である。
 オイオイ、面談中、僕はどういう僕であればいいのか?
 冒頭からかなり動揺した。
 ま、きっと、どこの親もこんなものではないか?と推察する。

 保護者の中には深い苦しみと動揺と緊張とが内部に噴出し、とんでもない態度に出る人もいる。
 このことを踏まえて、親と子を、あるいは親子を思いやり、温かく、冷静に対応したい。

 子どもは多種多様な関係の輪の中に存在しつつ育っていくものである。
 もちろん固有の顔をもっている。
 と同時に、対大人用、対仲間用、対母親用、対父親用などと、いろいろな顔をあわせもつ。
 大人も同じである。
 僕も同じである。
 これが世の中であり、人生である。

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★ここより以降、教師の立場で「三者面談」について書く――

 何度も述べるが、「三者面談」はむずかしい。
 シンドイ。
 僕は骨身に沁みている。
 ゆえに、汗にまみれ、心底、全身全霊で取り組めば、これほどスゴイ教師修業の場はない……と思っている。
 ときどき、歌舞伎でいうところの「屋体崩し」のような劇的、感激場面に出会えることがある。
 重っ苦しい空気がパッと吹き飛び、子どもと親に笑顔が。
 宝くじに当たったよりも、うれしい。

 〈留意点〉

(1)今後の方向に関して親と子の表情がパッと明るくなる場面――たとえば、親が「ああ、この子をこれまで育ててきてほんとうによかった」と思う場面など――を面談の後半に必ず作る。
 必ず作れるように、事前にデータ(観察も含む)を収集・分析し、周到に準備しておく。。
 〈例〉
 ・親子が気づかなかった方法や方向(進路)を提示する。
 ・親子が気づかなかった、本人のやる気・自信につながる本人の「よい点」を提示する。……
 後半にこの場面が作れない三者面談なら、やらないほうがいいと、僕は思っている。

(2)本日の面談内容に関して、希望があればいつでも後日、面談に応じることを約束する。
 再び三者面談でもいいし、子どもと教師の二者面談でもいい。(「親と教師の二者面談」は、三者面談中には設定しない。)
 おおよその日時を指定すると励みになって効果的である。

(3)教師の問いかけに、生徒本人が回答したが、保護者のほうがことばを発しない(ことばをにごす)というケースが、よくある。
 教師は「お母さんはいかがでしょうか?」と保護者にことばをむけることになるのだが、このタイミングがむずかしい。
 この場合、保護者はなぜ黙っているのか?(「にごしている」も含めて)
 @(緊張しつつ)考えを整理し、ことばを探しているのか?
 Aあるいは、単に教師から「お母さんはどうお考えですか?」と声がかかるのを待っているだけなのか?
 Bそれとも(この問題に関する)本人の回答、あるいは教師の問いかけに、はじめから応ずる気がない、すなわち「パス」する気なのか?(←これはこれで尊重しなくてはいけない。教師としては、「生徒本人はこのように回答し、保護者は応えなかった」……という事実を押さえておけばいいのだ)。
 @は問題ない。
 しかし、AとBは軽率に扱うと面談は失敗する。

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(4)本人の回答に対して教師が疑問を感じ、さらに質問したくなることがある。
 ただ、「それはどういうことですか?」という追加質問は慎重にやらなくてはいけない。
 教師の追加質問をきっかけに、本人の回答をつぶしにかかる親もいる。
 結果として教師がつぶし役になったことになる。
 僕はよくやる。
 授業でもよくやる。
 気をつけたい。
 さらにいえば、三者面談では、絶対に「自己責任」を問うてはいけない。
 親にも問うてはいけない。
 徹底して、あたたかくつつみつづける、応援しつづける姿勢で接する。

(5)その他(アトランダムに)
 @自分が責任をもって取り組める対応の範囲と、そうでない範囲とを区別する。
 これをあやふやにすると、三者面談にならない。
 A後者の「範囲」については「つなぐ」役割に徹する。
 もちろん、責任をもって「つなぐ」。
 例=「校長と相談します。結果は、(いつ、どんな方法で)こちらからご連絡します。」
 B本面談も後日面談も、面談の目的をはっきり限定させる。
 C保護者にも生徒にも、答えない自由を保障する。
 D面談場面では「原因探し」より、向上のための「作戦会議」をやる。
 E進路の「合否」の予測に関する言動は慎重を期す。
 教師が勝手に決めつけない。
 だいたい世の中、何が起こるかわからない。
 一寸先は闇……の逆の状況もじゅうぶんあり得る。
 これが人生だ。

 くどいようだが、くりかえす。
 三者面談の後半に、今後の方向に関して親と子の表情がパッと明るくなる場面を必ず作る。
 来るとき暗い顔だった親子が、教室を出るときは明るい顔になっている。
 明るい顔で玄関を出、校門を出、家に帰っていく。
 これが三者面談だ。








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